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仙台高等裁判所秋田支部 昭和38年(ラ)6号 決定

抗告人 万田良子(仮名)

相手方 加藤正男(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

そこで、別紙記載の抗告の理由二の(1)ないし(6)について順次判断することにする。

一  抗告理由(1)について

原審判が相手方、抗告人間の長男清の病弱、神経過敏をも考慮して抗告人の本件親権者変更申立を却下していることは原審判に徴し明白であり、当裁判所も原審判と結論を同じくする。すなわち、原審記録および当審における抗告人審尋の結果によると、抗告人は昭和二八年五月一八日相手方と婚姻し、昭和二九年四月二七日長男清を儲けたが、相手方は昭和三二年七月原裁判所に対し離婚調停の申立をなし、その結果、同年一〇月一〇日、

1  抗告人と相手方は協議による離婚届出をすること。

2  右届出に際し、長男清の親権者は相手方と定め、同人において監護、教育すること。ただし、右清の小学校入学一ヵ月前までは抗告人において監護、教育し、相手方に引き渡すこと。

等を内容とする離婚調停が成立し、これにしたがい同日清の親権者を相手方と定めた離婚届出がなされ、抗告人は以来清を監護、教育してきたこと、清は現在小学校三年生で、その健康状態はやや病弱であり、性格上は神経質的傾向が看取されることが認められる。ところで、原審記録ならびに当審における抗告人および加藤洋子の各審尋の結果によると、抗告人は昭和三四年一月八日万田保と再婚し、昭和三五年八月三〇日同人との間に長女友子を儲け、夫婦共稼ぎで、その留守中は抗告人の母トヨコが清、友子の面倒をみており、以上五名は右トヨコが抗告人に買い与えた家屋に同居し、抗告人の家庭は清を養育する資力に欠けるところなく、他方、相手方も昭和三三年一二月二日加藤洋子と再婚したが、相手方の生理的欠陥のため同女との間には現在にいたるも子供なく、将来も子供に恵まれる見込は絶無に近く、相手方夫婦も共稼ぎであるが、右洋子は清の養育のためには自己の勤務を犠牲にしてもいとわぬ心境にあり、そうすることも可能な状況であり、相手方はその所有家屋に妻洋子と二人だけで同居し、経済的にも清を養育するに十分な資力を有することを認めることができる。右認定の事情のもとで、清の神経質的性格を考慮すると、生長期にある同人を従前どおり異父妹友子とともに抗告人およびその夫の監護下におくことは清の円満な人格形成上好ましからぬ結果を生ずるおそれがないとはいえず、その他の家庭環境も抗告人が相手方よりも勝つているものとは解されず、清がやや虚弱であること、同人が従来抗告人に養育されてきたことその他諸般の事情をしんしやくしても、親権者を抗告人に変更することが清の精神および肉体の円満な生長のためより適当であるとは断じがたく、今俄に清の利益のため親権者を相手方から抗告人に変更する必要があるものとは認められないから、右抗告人の(1)の主張は理由がない。

二  抗告理由(2)について

原審判が相手方の生理的欠陥のため将来子供が得られる可能性に之しいことを考慮していることは抗告人主張のとおりであるが、そのことは清を受け入れる相手方の家庭環境の適否、愛情厚薄判定上のプラス的要素として考慮されているにとどまり、いわゆる「家」の存続の尊重という観点からではないこと明らかであり、当裁判所もまた相手方夫婦間において将来も子供が得られる見込が絶無に近いことは清を受け入れるに適当な家庭環境を形成する一要因となるものとみるのを相当と考えるので、右抗告人の(2)の主張も理由がない。

三  抗告理由(3)について

抗告人が清に対して母親としての愛情をもつていることはこれを認めうるが、相手方もまた抗告人に劣らず清に対して父親としての愛情を抱いていることは原審記録に徴し明白であり、また清は前記認定のようにその健康状態はやや病弱で、性格上は神経質的傾向がうかがわれるが、この清の肉体的精神的状態が特殊であつて、抗告人のみがこれを理解しその養育の任を果たしうる程のものであることはこれを認めうるに足りる証拠はないので、右抗告人の(3)の主張をもつては本件親権者変更の申立を理由づけるに足りず、当該主張も理由がない。

四  抗告理由(4)について

原審判は相手方の妻洋子が相手方において清を引き取ることにつきいかなる意思をもつているかを明らかにしていないことは抗告人主張のとおりであるが、当審における加藤洋子審尋の結果によると、右洋子が清を抗告人のもとから引き取り監護、教育することを熱望していることを認めうるから、右抗告人の(4)の主張をもつては本件親権者変更申立を支持する理由とはなしがたく、当該主張は理由なきに帰するものといわねばならない。

五  抗告理由(5)について

当審における抗告人審尋の結果によると、清は本件親権者変更申立に関しては一切知らされておらず、もちろん、抗告人のもとにとどまるか相手方の監護を受けるかにつきなんらの意思をも表示していないことを認めることができるので、清が抗告人主張のような意向をもつていることはこれを認め得ないばかりでなく、清は小学校三年生にすぎず、親権者変更につき適正な判断をなしうる年齢に達しているものとは認められないから、本件親権者変更申立の当否の判断のため清の意向を確かめることが必ずしも必要であるとは考えられないので、右抗告人の(5)の主張も理由がない。

六  抗告理由(6)について

抗告人およびその母トヨコが清に愛情をもち、抗告人の夫もこれを理解し協力的であることは原審記録に聴しこれをうかがいうるが、相手方も抗告人に劣らず清に愛情をもち、抗告人の妻も清の引取りを熱望し、自己の勤務を犠牲にすることもいとわぬ心境にあることは前記認定のとおりであるから、右抗告人の(6)の主張をもつては本件親権者変更申立を認容するに足りない。

以上のとおり抗告人の本件親権者変更申立は理由がないから、同申立を却下した原審判は相当であつて、本件抗告は理由がない。よつて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小野沢竜雄 裁判官 佐竹新也 裁判官 篠原幾馬)

別紙

抗告の理由

一、抗告人は、昭和二八年五月一八日被抗告人と婚姻し、昭和二九年四月二七日長男清を出産した。その後被抗告人より抗告人を相手に山形家庭裁判所酒田支部に離婚調停の申立があり、昭和三二年一〇月一〇日

(1) 被抗告人と抗告人は昭和三二年一〇月一五日までに協議による離婚届出をすること。

(2) 被抗告人、抗告人間の長男清の親権者を被抗告人と定め、同人において監護、教育すること。但し、右清の小学校入学一ヵ月前までは抗告人において監護、教育し、被抗告人に引き渡すこと。

(3) 被抗告人および抗告人は本件に関し、慰籍料、財産分与、養育料その他一切の請求をしないこと。

との調停が成立し、これにもとずき離婚届がなされた。

かくて抗告人は右清を監護、教育してきたが、清は生来病弱、神経過敏であり被抗告人に引渡したのでは、肉体的にも精神的にも重大なる障害を与えることになるから、子供の状態を最もよく知る母親たる抗告人の下において引き続き監護、教育して行きたく山形家庭裁判所酒田支部に対し親権者変更の申立をしたが、同裁判所はこの申立を却下した。

二、右審判に対し、抗告人は左の諸点につき不服がある。

(1) 抗告人は原審判において、右清の利益を考え、病弱、神経過敏を申立理由としたにかかわらず、原審判はこの点に関する審問等をなさず又審判理由中にもこの点の判断がない。

(2) 原審判の理由によると、却下の大きな要素として被抗告人が抗告人に図つて優生手術を受けたため将来他の女性と婚姻しても子供に恵まれないという点を重視しているように思われる。しかし被抗告人が抗告人に図つてかような手術を受けたという事実はなく、これは被抗告人が勝手になしたものである。又被抗告人が将来子供に恵まれないことを重視するのは、右清を被抗告人の後継者とせんとする家という観念に通ずるものがあり、家のために子供がぎせいになるおそれもあるので、子供の利益のためということからほど遠いものがあり許されない。

(3) 抗告人は、右清に対し、母親としての真からの愛情を有しており、そのため前記調停条項にもあるとおり、被抗告人に対しては養育料等を全く請求せずに監護、教育して来たのである。右清は生来病弱、神経過敏の子供であつて、かかる子供の状態は従来から子供を養育しきたつた抗告人のみが明確につかみ得るのであつて、これを抗告人から離すことが子供の利益と認められるであろうか。親権者はもつぱら子の利益を考えて定められるべきであることは今更多言を要しない。しからば原審判においては右清を抗告人に監護、教育させるのが、清の環境上好ましいか否かにつき十分審問し判断すべきであるが、この点につき十分なる考慮が払われていない。

(4) 次に被抗告人は、抗告人と離婚後昭和三三年一二月二〇日斎藤洋子と婚姻しているが、前述のように子の利益を考えて親権者を定めるべきであるから果して右清が被抗告人の親権に服する場合右洋子が十分なる愛情をもつて清の監護、教育に当るや否や甚だ疑問である。原審判は右洋子を審問する等して同人の意思をも確かめた上で審判すべきであると思料するが、かかる手続もなされておらず簡単に申立を却下したのは不当である。

(5) 右に加え清は既に小学校二年生であり、やがて三年生に進級を目前にひかえているのであつて、事の善悪についても相当の分別がつく年齢に達している。清は現在抗告人のもとにとどまり、監護、教育を受けたい意向を強く持しているので、現在では著しく事情も変更されており、かかる点についても清の意向を尋ね審判の資料とするのが相当であるのに、これをしなかつた原審判には不服がある。

(6) 更に現在右清の生活環境は極めて良好である。即ち抗告人の愛情は勿論清の祖母トヨコも愛情をもつて清を養育しており、それに加え抗告人の現在の夫万田保も抗告人及び清の立場には十分なる理解を持ち清を実子同様に養育したい意向を持つており、かつこれを実行しているのである。

三、右の次第であり、原審判には不服でありますから本抗告に及びました。尚審尋、口頭弁論等の際は関係者みな御庁に出頭致します故、右手続のいづれかを行われたく申添えます。

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